渋谷・原宿・表参道のど真ん中、穏田の地にたたずむ穏田神社。歴史は古く、江戸時代まで遡ります。その穏田神社で若くして宮司を務める船田睦子さんに、宮司としての思いやこれからの神社についてお話を伺いました。(取材日:2022年8月31日)
さまざまな分野に触れてきたこれまで
ーー船田さんが宮司になられたのはいつですか
2020年です。
きっかけは先代である父の病気でした。
当時私は一般企業、それも神社とは全く関係のない会社で働いていました。
ですが、父がもう宮司を続けられないということで、國學院大学に入って神道について学び始めました。
ーー以前は神社と関係のないお仕事をされていたのですね
当時働いていたのは法律事務所、それ以前はアパレル系の会社だったので、ずっと神社とは縁遠い仕事をしてきました。
思い返せば学生時代から神道だけではなく、いろんな宗教に触れてきました。
元々父には、私に様々な宗教に触れてほしいという思いがあったようなんです。
その影響もあり、キリスト教系の大学へ進学してフランス語を学んだり、自分の好きな分野に進んできました。
ーー将来宮司になる、ということはどのくらい意識されていたんですか
もちろん神社の家の長女なので、いつか継がなければいけないとは思っていました。
ただ、正直なところ「継ぐのが嫌だ」という気持ちもありました。
神社という特殊な場所から離れて、社会に出てみたいという。
アパレル会社や法律事務所に就職したのはそういった思いからです。
そこでの経験は今でも糧になっていると思っています。
ーー神社の家に生まれたことについてどう感じていましたか
小学生の頃から友達に「お父さん丸坊主なの?」って聞かれることがあったりして(笑)。
私は当然のように理解している神社とお寺の違いすら周りは知らず、周囲とのギャップを感じることもありました。
でもある時、神社でお祭りがあって、地元の友達がたくさん来てくれたんです。
その時、みんながこの神社に集まってくれるということがとても誇らしく思えました。
今でも学生時代の友人が何の前触れもなく訪れてくれることがあります。
その度に、この場所を無くしてはいけないんだなと強く思います。
ーー宮司になって苦労したことはありますか
実は、宮司になったのがちょうど最初の緊急事態宣言が発令されたタイミングだったんです。
宮司一年目なのに、本当にいろんなことができなくなってしまって。
周りから「お父さんの時はこうだったのに」と言われたり、他の神社の方の積極的な取り組みをSNSで見たりして、何もできない自分に焦るばかりの日々でした。
心に余裕がなくなって、実際に体調も崩してしまいました。
そんな中でも自分に言い聞かせてきたのは、この神社や地域のためになることを自分のペースで行っていこうということでした。
私は私だし、それぞれの神社で状況も違うし、という。
そういう風に考えるようにしてからは、自分のやってきたことが少しずつ実を結ぶようになってきました。
ーー宮司として、地域の方とはどのように関わっていきたいと考えていますか
神社というのはどのお社でも、地域の皆さんと持ちつ持たれつの関係で動いています。
当社もこれまでお祭りなどさまざまな活動を通じて、地域の方との関係を築いてきました。
こういった、祖父の代・父の代からの深い信頼関係をこれから先も大事に守っていくということがまずは一番大事だと思います。
そして、それを土台に新たなつながりを作って、地域をさらに発展させることが宮司としての私の使命だと思っています。
2021年から行っている「小さな花火会」を始めたのもそういった思いからです。
外部のブランディング会社の方と協力したり、近隣のお店の方に食べ物や飲み物を提供していただいたりと、これまでにない新たなつながりを作ることができました。
変わり続ける街で
ーー原宿・表参道・渋谷に囲まれたこの場所についてはどのように感じていますか
私自身この神社で生まれ育って、つい最近までこの場所を離れたことはありませんでした。
ですが結婚を機に実家を離れて、初めてこの土地を少し客観的に見ることができたんですね。
その時に感じたのが「すごい恵まれた環境で育ってきたな」ということでした。
こんなに静かな神社から一歩出ると、こんなにもいろんな人が往来していて、毎日いろんな意味で「何かが起こりそう」という空気感がある。
ちょっとなあと思う場所もないこともありませんが、そんなところも含めて人間味があって面白い街だと感じています。
ーー近年、原宿や渋谷はすごいスピードで変わっていってますよね
今、渋谷は「100年に一度の再開発」と言われていますし、原宿・表参道も日々変化しているのを私も肌で感じています。
ですが、この街が変わり続けているというのは今も昔も変わっていないんですよね。
この辺りも一昔前はもっと民家が多く猫もたくさんいましたが、今ではおしゃれなお店が増えています。
そんな風に、変化しながら常に新しい文化を生み出しているのがこの原宿・表参道という街なのだと思います。
ーー今後はどのような神社を目指していきたいですか
私は別に野心があるわけでも、何か大きなことがしたいわけでもありません。
ただこの穏田神社が、地域の皆さんにとって心の拠り所のようなものになれたら、というのが私の思いです。
変わり続けている街だからこそ、いつまでも変わらない心の拠り所にこの神社がなれたら嬉しいです。
追記:2023年5月18日、渋谷新聞の姉妹メディアとして、原宿表参道新聞がローンチされました。
これまで繋がりのなかった原宿・表参道の地でメディアを立ち上げるにあたり、船田さんにはファウンダーとして大きなお力添えをいただきました。
そして、そのきっかけの一つとなったが、昨年行ったこの取材でもあります。
改めて、取材によって生まれる繋がりの大きさを実感しました。
今後は、原宿表参道新聞でもこのような人と人を結ぶ記事を書いていきたいと考えています。
◾️船田睦子さん 略歴
穏田神社 宮司。1993年、東京都渋谷区生まれ。白百合女子大学文学部フランス語フランス文学科卒業。ファッション系企業、法律事務所を経て、先代である父の病気をきっかけに継ぐことを決意。同じ渋谷区内の神社で経験を積みながら、2019年に國學院大學神道学専攻科で1年間学び、2020年4月に穏田神社の宮司に就任。コロナ禍で数々の行事に制限がかかる中、独自の夏祭り、節分などの企画を打ち出し注目され、地域のコミュニティとしての神社運営に尽力。
◾️穏田神社
東京都渋谷区神宮前5-26-6
Web https://onden.jp
Twitter @onden_jinja
Instagram @onden_jinja