匂いを嗅ぎ、声を掬う。原宿に現れた「未来の実験室」 CCBTアーティスト・フェローが問い直す、現代のコモンズ【CCBT×渋谷新聞/原宿表参道新聞 第3弾】

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ファッションとカルチャーが交差する原宿に2025年12月、新たな創造の拠点「シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]」が移転・リニューアルオープンしました。CCBTはアートとデジタルテクノロジーを通じて、都市の未来を市民と共に創り出す実験的な場所。
移転前は渋谷の公園通り沿いに拠点を構えていたCCBTですが、新拠点の地下1階には洗練された展示空間……ではなく、無骨な機材や作業デスク、試行錯誤の痕跡が刻まれた「制作の現場」が広がっています。

「ここは完成した作品を展示するだけでなく、実験や制作を通じてアイデアを形にする場所。また、そのプロセスを人々と共有することを大切にしています。」
そう語るのは、CCBTのスタッフ島田芽生さん。新天地・原宿で始動したCCBTは現在、5名の「アーティスト・フェロー」と共に、現代社会における「コモンズ(共有資源)」の再定義という壮大な実験に挑んでいます。

「完成形」だけでなく「プロセス」も共に見せる。CCBTという場所の革命性

CCBTの最大の特徴は、その「開かれたプロセス」。CCBTのコアプログラムのひとつ「アート・インキュベーション」は、クリエイターに新たな創作活動の機会を提供し、そのプロセスを市民(シビック)に開放することで、都市をより良く変える表現・探求・アクションの創造を目指す取り組み。
ここにはデジタル工作機器やハイスペックな機材が揃い、エンジニアやプロジェクトマネージャーがアーティストと日常的に議論を交わしています。そして何より重要なのは、その制作過程が可能な限り市民に開かれている点です。
創作現場であるCCBTを訪れ、「何を作っているんですか?」という問いかけから、専門家ではない市民も制作の渦中を垣間見ることができます。ワークショップやトーク、公開制作を通じて、アーティストと市民が協働する、この「共創」こそがCCBTのアイデンティティといえるでしょう。

「アート・インキュベーション」という仕組み

アート・インキュベーション・プログラムでは、毎年5組のアーティスト・フェローが公募で選出されます。
2025年度の活動テーマは「これからのコモンズ」。かねてから共同体が共に管理している水や土地のように、テクノロジーが発展した今日において、私たちが共に有することができる新しい対象や形態・方法とは何か。その問いに対し、5人のアーティスト・フェローが昨年から取り組んできました。
嗅覚アートの先駆者・上田麻希さん、ゲームを通じて社会を動かす藤嶋咲子さんをはじめ、科学者で音楽家でもある土井樹さん、AIと協働する岸裕真さん、自己と世界の関係性を問う山内祥太さんが、それぞれ独自の視点から「これからのコモンズ」を問い直しています。

アート・インキュベーションの詳細ついてはこちらから
https://ccbt.rekibun.or.jp/core-programs/art-incubation

「空気」は、私たちが共有する最も身近なメディア

石垣島を拠点に、世界的な嗅覚アートの先駆者として活動する上田麻希さん。彼女がCCBTでの活動を通じて向き合っているのは、「空気」。生命にとって最も根源的なコモンズといえる存在です。
「私たちは人生の多くをスマホやモニターといった視覚情報の中の世界に奪われています。呼吸のたびに匂いという情報も取り入れていることを忘れている。しかも空気は誰の所有物でもなく、私たちの肺を通り、植物を通り、常に循環しています。この共有性を、知識ではなく『鼻』という身体感覚で取り戻したい。」

上田さんのアプローチは、野性的でありながら、同時に極めて科学的です。
1月末、夢の島熱帯植物館で開催された展覧会『Aerosculpture ver.2 匂う森』は、その象徴的な試みでした。
あえて照明を落とした夜の温室。そこは「見る」ことに制限がある代わりに、嗅覚が極限まで研ぎ澄まされる空間となったのです。漂うのは、石垣島のサガリバナの甘い誘惑、月下美人のコウモリを惹きつける香り。それだけではありません。最新のリサーチによって渋谷駅周辺や満員電車の空気から検出された「疲労のにおい(アンモニア様成分)」までもが、目に見えないメッセージとして空間に「配置」されていました。暗闇の中、来場者は青色のライトを片手に、蛾やコウモリになったつもりで匂いを辿っていきます。

「空気はメッセージの媒体です。私が吐いた息を誰かが吸い、その化学物質が感情や体調を伝播させる。動植物は匂いを信号やデータとして使っている。匂いを通して見た関係性の力学を『Olfacto-Politics(嗅覚の政治学)』と呼べるのではないでしょうか。」
関連ワークショップ『メッセージとしての香り―交信フレグランス』では、参加者が「今日はそっとしておいてほしいから『忌避』の匂いをまとう」「誰かと繋がりたいから『誘引』の香りを調合する」といった体験を通じ、自らが空気という公共メディアの「発信者」であることを自覚しました。

渋谷・原宿の空気を「データ化」し、テクノロジーが拓く新たな嗅覚体験

上田さんのCCBTでの活動は、さらに野心的な領域へと広がっています。リコー社が開発したデジタル嗅覚技術(FAIMS)を用いて、渋谷・原宿の街の空気を実際に計測。目に見えない空気の成分をデータ化し、それを匂いとして再構成します。
このプロジェクトの全貌は、2月13日から3月1日までCCBTで開催される展覧会「嗅覚の力学 ~メディウムとしての空気~」で公開されていました。2025年度を通じて継続的に行われてきた「教育」(11月の嗅覚ゼミ「SMELL LAB」)、「リサーチ」(渋谷・原宿の空気計測)、「表現」(熱帯植物館とCCBTでの展示)という3つのフェーズすべてが、ここで一挙に可視化されます。
渋谷・原宿を計測したデータから生まれる嗅覚的なAR体験。匂いを情報として読み解く知性を育みながら、私たちは「空気」という最も身近なコモンズを、改めて見つめ直すことになるでしょう。

ゲームの中で掬い上げられる、社会の隙間に落ちた「本音」

誰にも拾われなかった声の断片を、都市のセーブデータとして拾い上げる。上田さんが身体感覚からコモンズへ迫る一方で、アート×ゲーム×社会問題を通じた表現を展開するアーティストである藤嶋咲子さんが扱うのは誰にも拾われなかった名付けようのないノイズです。彼女のプロジェクト『コエノクエスト―都市に残されたセーブデータ』は、社会の隙間にこぼれ落ちる個人の声を、都市の「セーブデータ」として保存し、ゲーム空間の中で循環させる試みです。

「都市やSNSの中には多くの言葉が生まれています。その中には、明確なテーマや課題として整理される前の、断片的な声も含まれています。私は、分類しきれない個人の声を都市の「セーブデータ」として記録し、ゲーム空間の中で循環させる構造をつくりたいと思っています。」

藤嶋さんの武器は「ゲーム」という体験装置。また、バーチャル空間の匿名性を活用し、過去には4万人を集めたバーチャルデモを実施し、仮想空間で声を集め、現実の「出来事」として可視化した実績を持ちます。

システムから零れ落ちた断片が、誰かの日常に干渉するバーチャル空間

今回のプロジェクトでは、まず市民参加型のワークショップを開催しました。オリジナルのボードゲームを囲む対話の中で生まれた声は、個人が特定されないかたちで編み直され、ゲーム内のNPC(ノンプレイヤーキャラクター)として新たに息づきます。
3月に開催する展覧会では、来場者は都市を模したゲーム空間を歩きながら、それらの声が宿ったNPCと出会い、言葉を交わします。そこには、性別や肩書き、家庭や社会での立場、経済的・身体的な条件といった、さまざまな属性のもとで揺れ動く人々の感情が重なっています。

「ゲームの中で他者の声に触れるとき、それは単なる『個人の声の集積』以上の生きた体験になるでしょう。フィクションの世界に響く小さな声は、やがて重みと切実さを帯び、現実を少しずつ更新(Re: Play)していきます」と、藤嶋さんは語ります。
それらはデータとして編み直され、仮想都市のなかで他者の言葉として再演されていきます。社会的な「正しさ」に埋もれ、誰にも拾われなかった個人の声を、遊び(Play)を通して掬いあげるゲームインスタレーション作品です。この作品は3月7日から21日まで、CCBTにて展示されます。原宿の新拠点で、日々アップデートされるゲーム作品「Re: Play」。そこには、自分たちの未来を自分たちで構築(クリエイト)しようとする、力強い意志が脈打っています。

原宿から始まる、新しい都市の呼吸。 制作の「プロセス」を見せることの、圧倒的な価値

CCBTが原宿に移転して数ヶ月。この場所は、単なる「文化施設」以上の意味を持ち始めています。
アーティスト、エンジニア、デザイナー、メンター、プロジェクトマネージャー、そしてふらりと立ち寄った市民。立場の異なる人々が集い、多様な切り口からプロジェクトに参加する。
この「循環」そのものが、CCBTが提示する最大かつ最良の「コモンズ」なのではないでしょうか。
完成した作品を一方的に紹介したり売買したり、関係を超え、共に考え、共に悩み、共に作る。そのプロセスを街にひらくことが、原宿という感度の高い街にCCBTが位置する最大の意義といえそうです。
現代のコモンズは、こうした「共創の場」そのものに宿るのかもしれません。

原宿・表参道の買い物の途中に、あるいは散歩のついでに、新しくなったCCBTの扉を叩いてみてください。そこには、あなたが今まで気づかなかった「空気」の重みや、誰かの「声」の温もりが、アートとテクノロジーの力で鮮やかに可視化されているはずです。

都市をアップデートするのは、壮大な計画ではありません。私たちの鼻が捉える変化や、ゲームの中で交わされる小さな対話、そして何より、この「制作の現場」で生まれる日々の試行錯誤にあるのではないでしょうか。
2026年3月22日には2025年度CCBTアーティスト・フェロー活動報告会「『これからのコモンズ』への応答」が開催されます。ぜひそれぞれのアーティスト・フェローが発信する「これからのコモンズ」を現地で聞いてみることをオススメします。
開催中の展覧会や、これから開催のイベントもまだあるので要チェックです!

【インフォメーション:2025年度CCBTアーティスト・フェロー 成果発表】
2025年度の活動テーマ「これからのコモンズ」に基づく成果発表が、原宿のCCBT拠点を中心に、都内各地で3月まで順次開催されています。プロジェクトの詳細パンフレットはこちらから https://ccbt.rekibun.or.jp/wp-content/uploads/2026/01/CCBT_aip_panf.pdf

■ 上田麻希「Olfacto-Politics: The Air as a Medium(嗅覚の力学 ~メディウムとしての空気~)」
展覧会「嗅覚の力学 ~メディウムとしての空気~」
会期:2026年2月13日(金)~3月1日(日)終了
会場:シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]  
2025年度を通じて継続的な活動を続けてきた取組の全貌を一挙に公開。リコー社が開発したデジタル嗅覚(FAIMS)を用いて渋谷を計測したデータから、嗅覚的なAR体験を展開。
展覧会「Aerosculpture ver.2『匂う森』」(夢の島熱帯植物館、1月30日~2月1日)終了

  ■ 藤嶋咲子「コエノクエスト―都市に残されたセーブデータ」
展覧会「Re: Play」  
会期:2026年3月7日(土)~21日(土)13:00~19:00  
会場:シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]  
観覧料:無料  休館日:月曜日(祝日の場合は開館、翌平日休館)*託児サービス(無料)

関連トーク&ワークショップ:「小さなコエ」をプレイする ──効率化の都市を、あそびがハック     
日時:2026年3月7日(土)19:00‐21:30 終了
会場:シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]3F
トーク登壇者:藤嶋 咲子(アーティスト)、堀 潤(ジャーナリスト、キャスター)、吉田 寛(東京大学教授)
ワークショップ講師:藤嶋 咲子(アーティスト)                  

■ 土井樹「Weather」
展覧会「あたらしい天気」
会期:2026年2月20日(金)~3月1日(日) 終了
会場:東京都文京区千駄木3-35-12  
協力:株式会社ルミネ
関連トーク①「屋上から」 
日時:2月22日(日) 終了  
関連トーク➁「屋上から」 
日時:3月1日(日) 終了
会場:東京都文京区千駄木3-35-12
出演者:村井琴音(リサーチャー)
evala(音楽家、サウンドアーティスト、「See by Your Ears」主宰)
池上高志(理学博士(物理学)、東京大学広域システム科学系 教授)*事前収録
土井樹

■ 岸裕真「平行植物園」
展覧会「平行森林 Parallel Forests」 
会期:2026年3月13日(金)~15日(日) 17:30~20:30  
会場:海の森公園 ※新木場駅より無料シャトルバス運行予定  
観覧料:無料(事前予約制・先着順、各日定員100名)
ポッドキャスト「Parallel Plants Prompts」
1月より毎月1回、Spotify・YouTubeにて公開  
https://linktr.ee/ParallelPlantsPrompts

■ 山内祥太「未知との遭遇」
展覧会「In Between…Us?」  
会期:2026年3月13日(金)~15日(日)  
メイン会場:中目黒公園(東京都目黒区中目黒2丁目3−14)  
サテライト会場:青山目黒(東京都目黒区上目黒2-30-6 保井ビル1階)  
観覧料:無料
公開ミーティング「リゾーム的制作の実施と公開」(2月7日、CCBT) 終了

山内祥太×小崎哲哉    クロストーク「In Between…Us?とは何か」
日時:2026年3月14日(土)17:00〜19:00
会場:青山目黒(東京都目黒区上目黒2丁目30−6)
観覧料:無料
事前申込:事前予約制 ※先着順
申込受付期間 :2026年2月26日 14:00〜 ※上限に達し次第受付終了
登壇者:小崎哲哉(著述家、アーツプロデューサー)、山内祥太(アーティスト)

■ 2025年度CCBTアーティスト・フェロー活動報告会「『これからのコモンズ』への応答」
日時:2026年3月22日(日)15:00~17:00  
会場:シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]
入場:無料 ※事前申込不要
登壇:上田麻希(嗅覚アーティスト)、岸裕真(アーティスト)、土井樹(音楽家、複雑系研究者)、藤嶋咲子(アーティスト)、山内祥太(アーティスト)、四方幸子(キュレーター、批評家)、清水知子(文化理論、東京藝術大学教授)、津川恵理(建築家、ALTEMY代表)、関治之(一般社団法人コード・フォー・ジャパン 代表理事)、水野祐(法律家/シティライツ法律事務所)
モデレーター:布施琳太郎(アーティスト)

シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT] 
住所:東京都渋谷区神宮前1-14-4 1/1(ONE) HARAJUKU “K” B1、3F  
開館時間:13:00~19:00  
休館日:月曜日(祝日の場合は開館、翌平日休館)  
電話:03-5458-2700  
公式サイト:https://ccbt.rekibun.or.jp/  
特設サイト:https://renewal.ccbt.rekibun.or.jp/

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