真っ白な壁面に繊細なシャープペンシルによるドローイングを描く鈴木桃子さん。
制作中の作品、「ノータイトルド・ドローイング・プロジェクト」を表参道にて公開しています。
実際に制作しているスペースの前で待ち合わせをしてお話を聞くことにしました。
「今」この瞬間に呼吸し、存在する人々が主役
待ち合わせの時間は19時30分。荷物を持って現れた桃子さん。商業施設で作品を制作しているため、お客様の多い昼の時間は避けて夜から明け方にかけて制作しているとのこと。
奥にある個室はまさに制作途中。2日後に迫ったイベントに向けて制作しています。
部屋には脚立と、たくさんのシャープペンシル、そして足元には大量の消しゴムの屑。この屑も作品の一部です。
「レンズ越しではなく、ご自身の“目”で見て欲しい」
そう言われて、脚立を使って細部を見てみると、乱視で老眼も少し入ってきている筆者にはもはや見ることすら限界に近いくらいに細かく書き込まれています。
描かれているのは建物の壁。コンクリートの凹凸の中も精巧に一本一本描かれています。
未完の芸術、総合芸術としての「線」
「壁のデコレーションでなければ
ドローイング単体で完結するアートでもない。
私が創っているのは、
観客が主人公の未完の演劇です」
「作品を制作する上で一番大事にしているのはリサーチです。制作に取り掛かる前に、建物の中や外はもちろん、まずその周囲の街を歩き回ってみます。
ただ、ブラブラするわけではなくて、そこに住む人々と出会って雑談したり、その土地の歴史や地学的な背景といったことを学び、街をひとつの演劇の舞台のようなものととらえ、 街の人々が登場する物語を紡いでいきます。
そして、その街の縮図としての舞台を、実際に作品を創る建物に立ちあげるのです。テーマは作品を観に訪れる人々の人生です。物語は観客が足を運ぼうと思ったその瞬間から始まります。
すべては観客中心の舞台。題名はなく、永遠に未完。さらに制作のプロセスそのものが作品なので、形に残らず人々の記憶そのものが記録となるのです。
あえて題名を付けるとするなら、観客のみなさんの名前です。作品をご覧いただいた人々の数だけ、毎日、その瞬間ごと、数え切れない題名が付いていくことになります。
形に残らないからこそ、人々の記憶に強烈に残るもの、心が震えるような芸術を創造していきたい。いつもそう心にきめて制作に取り組んでいます」
「なぜ」を徹底的に問う
「作品を作る上で、“なぜ”それを今作り、展開する必要があるのか徹底的に自身に問いかけます。
私のアートは、可視化されている全ての要素に理由と意味が存在します。あらゆる事象において原因と理由があるように、あるいは映画や演劇においてフレームと舞台に存在する全ての人や物、事象に意味があるように、です。
解放された空間に存在しながら、計算されて設置されたアートに人々が介入することで、予測不可能な世界=舞台をつくる。これは人々を小さな銀河と捉え、その銀河と銀河を繋げていく作業で、それによって限りなく広がる可能性のことを『形のない宇宙』*1と呼んでいます」
創造のトリガーとして
「空間を歩き回ることで新しい視点を発見し、各々の創造のトリガーになるような作品を創りたいと常に思考を巡らせています。
宇宙の運命と壮大な生命のサイクルに従い、永遠に再生と崩壊を繰り返し、成長し続けるこの作品は、制作の時間が経過するにつれて密度が増し、複雑化します。
また、建築物の構造体からインスピレーションを得て全体をデザインし、ディティールを細部まで作り込むことで、作品との距離により異なる意味と視点を持たせています。
街に生きる人々と繋がることで変化していく視覚言語であると同時に、即興的に建物から建物に絶えること無く継続してイメージを変化させ出現させ続けることや、その行為が詩的・哲学的側面を持つことから『Poetic improvisation(詩的即興) 』*と表現され、今は作品テーマの一つになっています」
*『Poetic improvisation』というのは、D.M.Thomasの著書『アララト(Ararat)』(1983年)のテーマであり、その引用です。ドローイング作品が、ノアの方舟が流れ着いた場所とされる、アルメニアのアララト山(旧約聖書『創世記』)が象徴する「魂の苦悩に対する牧歌的な探求」を彷彿とさせるということ、この小説が『エジプシャンナイト』(アラビアンナイト)を模すかのように、一夜目、二夜目、と登場人物により即興的・詩的な形式で物語が展開されることから引用されてきました。
時間と空間のアート
桃子さんは神奈川県平塚市の出身。
幼少時クラシックバレエを学び、身体芸術・アートに興味を持ち制作を開始。高校ではデザインを専攻し21歳で渡英、現在日本で制作活動を展開しています。
「ロンドンに渡ったきっかけは、海外で自分の可能性にかけて世界へ挑戦したいと思ったから。海辺の町で育ち、壮大な太平洋を見つめながら、いつも海の向こうの世界に思いを馳せていました。が、周りに海外留学した人間もプロの芸術家もおらず、当時は情報も少なかったため苦戦して渡英しました」
無秩序の中の秩序
「ロンドンのブロードウェイ、LGBTQカルチャー、音楽やファッション、アートの風を背中に受け、様々な文化・宗教・ジェンダー・国籍が入り乱れる中での人々との交流を通じ、強く影響を受けることとなりました。
一般常識が通じない無秩序な街から、驚くような創造性が日々生まれていくのを目の当たりにしました。ロンドンに生きる人々の感性に触れ、創造性とは混沌の中から生まれ、創造することとは混沌という無意識の海に潜り、法則を掬い上げ、秩序をつくる作業だと気付かされました。
実験映像に惹かれ、映画監督になるため映像系の大学に進学しました。そこでは、学内にあるフィルムを全て使い切り、上映中に映写機もすべて燃やしてしまいました。創作のためとはいえ、やりたい放題でしたが、それが「これこそがアートだ」と評価され、教授に推薦いただき、セントラル・セント・マーチンズ大学に移籍しました。
この2005年にフィルムを燃やした作品が、現在の「プロセスを観客に公開し、その一環として作品を消す」、というプロセス中心のプロジェクトに繋がり、パフォーマンスをはじめ、映像、音響、メディアアートと多岐にわたる創作を始めることとなりました。
さまざまな表現を模索する中で、作家としてのアイデンティティと方向性を見つめ直すために2年時に休学しました。その間、特にサグラダ・ファミリアに何度も訪れ、ガウディの宇宙観に強く影響を受けました。
2007年にロンドンに戻り、現在の大型のドローイング プロジェクト「ノータイトルド・ドローイング・プロジェクト(旧アンタイトルド・ドローイング・プロジェクト)」の制作を開始しました。そして2009年、卒展で英国をはじめ、ヨーロッパの主要なアート関係者や一般のお客様を前にプロジェクトを公式発表しました。
同年、英国のコンテンポラリー・アート業界に強い影響力を持つコレクターであるサブルティー・コレクション(Zabludowicz Collection)のプライズ展のファイナリストに、ロンドンの若手・新卒約800名の中から選んでいただきました。
この時、ロンドン芸術大学キュレーター、英国ファイナンシャル・ タイムス編集長、フリーズ・アート・フェアー・ファウンダー、コレクターのファティマ・マレキ(Fatima Maleki)氏、プライズオーナーといった錚々たる方々のご推挙でノミネートをいただき、この時から私のプロとして活動がはじまりました」
魂を呼び起こし、司令塔をたてる
「心の奥底に眠る“無意識”の領域から、
“意識”を呼び起こす。
それは、魂を呼び起こし
アイデンティティと言う名の
司令塔を心の内に立ち上げ、
外の世界に向かいフラッグを掲げる作業です。
そして、そのことは私にとって生きること、
アートそのものを指します」
「アート・芸術、というのは心を震わせる程の衝動を突き動かすものであり、同時に魂を呼び起こし、日々磨くためにあると考えています。それは見失った “道筋” を自分自身の手で見つけ出し、人々が 「自分自身が誰であるのか」を思い出させるツールでもあるのです。
あらゆるアート(=アイディア)の核として重要なのは生身の作家の創造性であると考えています。
過去大手外資系IT企業に在籍し、最新のテクノロジーに触れてきた経験から、近年「創造性」について再考する必要性を強く感じています。
創造性と芸術性に観客が感性で触れるためには、技術や表現手段は明快であればあるほど伝わりやすいと思うのですが、だからといって単純過ぎてしまっては足りません。
ミニマリズム的手法の中に、不確実で、醜悪でありつつも美しい人間性を持ち込みたい。今回のプロジェクトにおいて、複雑な人間性と、人間の存在を超越する宇宙のダイナミズムをどのようにして観客の感性に強く伝えていけるか。そういうことを考えています」
思考の構造体としてのドローイング
「そうしてさまざまに思考を巡らせた結果、“線”の芸術であるドローイングを表現手段として選択しました。線画は思考を体系化する ための最もシンプルな方法であり、人間が生まれて初めて何かを創造し、可視化するための手段でもあります。
また、ドローイングは、漠然としたイメージを文字や像として“線”により具現化することで、自身の手で無数の選択肢の中から答えと“道筋”を導き出すことが可能です。そう言った意味で、アイデンティティーを形成する上で有効な方法でもあると考えました」
直感を信じ、限界を越える
「ドローイングは直感的に創り上げる視覚言語です。
直感に従い、日々訓練することで、自分の限界を少しずつ超えて行く。スポーツに近いかもしれません。
まだまだ能力が公正に認められる社会とは程遠く、「出る杭」が打たれやすい社会です。政治的圧力など強いプレッシャーを受けやすい現代社会において、誰しもが自己喪失に陥りやすいのが現実です。
自己の尊厳を犯す外的要素は排除すべきであり、どんな理由があろうとも、どこまで行ってもあなたはあなたであり、そうあるべきであると自身を肯定し、どこまでも信じ抜くことで、可能性は限りなく広がって行くと考えています。
自分を信じるために、直感力を磨きたいと思うかもしれません。直感力を鍛える方法はシンプルで、先入観と固定概念を捨て、物事を見る癖をつけることで鋭くなります。そして「なぜ」と自身に問いかけることで本質と価値を見抜く目が自然と身についてきます。
アートに触れることは直感で感性に触れることです。
私のアートは、人々と共に直感力と感性、そして“魂を磨く”*2ためにあります」
そこにある場所へのリプライ
桃子さんの作品の多くは、建築空間の一部に描かれています。
今回のこちらの作品は建物が壊されるまで残り続ける作品ですが、桃子さんの作品は描いた後に消しゴムで消してしまうというものが多い。何もない空間に帰るように消えていくまでが一連の作品のようです。
「あらゆるものが“形のない宇宙”であるかのように、このプロジェクトは建築物の一部に現れては消えてゆきます。歴史的建築物の経験の一部として直接壁に描き、最終的に消しゴムやペンキで消すものが多く、大型の建築物に関してはキュレーターとダイナマイトで建物ごと倒壊させ更地に戻すまでを公開したりして、2022年までの作品は全て物理的に制作プロセスの一環として消失させてきました」
▲『アンタイトルド20(12)13』、8時間の即興演劇、東京・香港にて公開。教会を会場としたコミッションワーク。
解説:ウィリアム・シェイクスピアの演劇『リア王』のキャラクター、ゴネリルのファーストラインを8時間のコンテンポラリーアートとして解釈し直し書き起こした作品。前半は観客の目の前で作品を制作し、後半は観客が作品を消すと同時に白いコスチュームが変容していく様子を公開。
『リア王』の物語は、古代英国の王である主人公(リア王)を中心に権力と富への執着・渇望から発展した、登場人物達による生々しい争いを描く事で、複雑な人間性の闇と真実、善と共通善について如実に表現した古典演劇。主人公の長女であるゴネリルというキャラクターは、物語全体を通じて人間離れした悪女に変貌するが、ファーストラインでは悪女のイメージとは掛け離れた、理知的な女性が純粋な愛を謳う美しい台詞で知られている。
近年、この原文を誤った解釈により、物語の初めからゴネリルが悪女であるかのような語り口で演じられている事を、演出家ピーター・ブルックがプロの役者の前でリア王を知らない素人に台詞を読ませ、先入観が本来の演劇の本質を見失わせている事を役者に指南した。このエピソードからパフォーマンスを着想。
観客に作品を消すという、予想外の形で創造のプロセスを体験してもらうことで、先入観と固定概念を捨てる事の重要性を表現。また、『リア王』を題材とする事でパフォーマンス全体を通し、 人間性の闇と真実、善と共通善について言及。
(ディレクター/パフォーマンス: 鈴木桃子、コスチューム:中川聖良、音楽: NANASE(東京)/アンデス・ウィンタースタム(香港)、映像:Light The Way(西澤岳彦)+トラヴィ・クロース、プロデュース: プロパガンダヘアー、スポンサー略) ©︎Momoko Suzuki
トランスフォーメーション:終わりは創造の始まり
「花が咲き誇り、
散る瞬間が最も美しいように、
人間は、その壮大なストーリーが
終わる瞬間が最も美しく、見事である。
このプロジェクトもまた、
消えるその瞬間に全てが集約されます」
「私たちの人生は時間が存在する限り有限です。
終わりが創造の始まりであるように“消失”は終わりではなく、進化に欠かせないプロセスなのです。建築物は壊れれば砂や木屑になり大地に還ります。そしてさまざまな生命に姿を変えながらやがて地球も壊れ、素粒子となり、新しい生命の可能性となっていきます。
そうした長く壮大な宇宙の生命のサイクルの中での短い瞬間。人間の果てしない絶望、喜び、官能に満ちた人生における生と死、愛と狂気をドローイングで表現しています」
観客参加型のプロジェクト
「このプロジェクトで描かれる緻密なドローイングはその制作過程において観客の手で消されていきます。これは実際に自分の手で作家と同じ創作のプロセスを体験していただくことで、より深く作品を理解していただけるとの考えからきています。何らかのプロジェクトのプロセスに関わっていただきたい、という願いから参加型のプロジェクトをはじめました。
現在は短期間で作品を消してゆくプロジェクトだけではなく、半永久的に成長し続ける作品を展開しています。“成長し続ける”というテーマと共に、街に点在させたり、仮想空間にも展開したりと物理・仮想空間両方に様々な形で実現したいと考えています。
日本国内においては、さいたま市での国際芸術祭『さいたまトリエ ンナーレ』(2016)への出展を境に、原宿・表参道周辺を拠点と して制作活動を行っています。原宿・表参道や渋谷はまるで日本の縮図のようで、ユースカルチャーや最新の流行だけでなく、つぶさに見ていくと日本の伝統や下町文化も見られ、それらが小さいエリアに絶妙なバランスで調和しています。そのことが街の個性となり新しい創造性を生み出すために必要な条件と環境を作り出していると感じています。
この街に訪れ、暮らす人々とアートを通じて繋がることで、あらゆるボーダーや先入観、固定概念を超え、ともに大きな夢を描きたいと強く願っています」
*1:ファティマ・マレキ氏(英国を中心に活動するメガ コレクター)との会話より生まれた言葉。
*2:斎藤 ようこ氏(元電通、現株式会社アクセスポイント代表取締役、日中韓女性経済会議実行委員会 委員・事務局長)の生きていく上で『魂を磨く』というのは大切な命題の一つである、というお話しから共感し引用。
◾️鈴木 桃子
1982年神奈川出身。
2009年英国セントラル・セイント・マーチンズ大学 [学部] 卒業後、英トップコレクターZabludowicz Collectionによるプライズ展にファイナリストとして選抜、英国を中心に活動を始める。『さいたまトリエンナーレ』[2016]に招聘作家として参加。2015年から2019年に大手外資系IT企業在籍、テクノロジーとアートの関係性について考察。
ドローイングを総合芸術として解釈し直し、時間と空間のアートとして展開。
『形の無い宇宙』=唯一無二と無限の可能性をテーマに、生と死、愛と狂気を表現。
Instagram: https://www.instagram.com/momokosuzuki_art/
ウェブサイト http://www.momokosuzuki.co.uk/
◾️作品に関するお問い合わせ
作品の閲覧やご質問等に関してはお気軽に下記までご連絡下さい。
お問い合わせ: momokosuzuki.art@gmail.com
◾️チバ ヒデトシ(千葉 英寿)* 記事監修
アート、デザイン、エンタテインメントとテクノロジーの領域で取材活動するジャーナリスト。百貨店員、書店員、編集者を経て現職。年間200日近く美術館で取材する美術館研究家。大手、インディペンデント、オウンドに関わらず、さまざまなメディアをデザインするメディアプランナー。1962年生。仙台出身。